numéro 6 モンパルナス・ヴァヴァン交差点

     

    次に訪れたのは、とても懐かしい場所。

    それはリュクサンブール公園の北西部に隣接する アッサス通り にあるこの建物です。

     

     

     

     

    あまり聞き慣れないかもしれませんが、pension de famille という、食事付きの下宿といった感じで、主に学生さんが学校へ通うために長期間借りて住む宿 がこの建物の中にあるのです。

    1994年の秋、私はもう社会人になっていましたが、その1室に1ヶ月間住み、近くにある語学学校へ通いました。

    バス、トイレは共用、8畳ほどの広さにベッドと小さな机、洗面台があるだけのシンプルな部屋でしたが、とても懐かしく覚えています。

    それまでにもパリへは旅行で何度も行ったことはありましたが、初めての、それも海外での一人暮らしでは不安に押し潰されそうになったこともありました。

    当時は今のようにネットやメールなどなかったので、日本へのコンタクトは電話か手紙です。

    電話は料金が高いので、手短に要点だけを。
    たまたま出先で見つけた電話ボックスからかけようと思い並んでいても、おしゃべり好きなフランス人には、”待っている人がいるから短めに切り上げよう” などと考える人はほぼいなく、待っても無駄だということに暫くして気が付きました。

    これが個人の権利を尊重する国、フランスだ〜!
    と妙に納得したのを覚えていますo(^_^)o

    そして手紙に至っては届くまで1週間くらいかかったように記憶しています。

    その頃に比べ、SNSがある今は海外に長期滞在しても全く寂しくなさそうですね。

     

     

     

     

    今は2つの pension de famille 入っているようで、扉の横に2つの看板が掲げられていました

    このうち私が滞在したのは下のブルーの看板の方で、上のグリーンの看板の方は当時ここから歩いて数分のところにありました。

    どちらにしようか迷ったのですが、毎日ボリュームたっぷりの夕食はちょっとキツいかなと思い、朝食のみのこちらに決めました。

    この2つが同じ建物の中にあるなんて驚きでした!

    それにしても懐かしい。

     

     

     

     

    しばし思い出に浸った後、このアッサス通りからヴァヴァン通り、ブレア通りを通ってヴァヴァン交差点へと向かいました。

     

     

     

     

    モンパルナスの中心地、ヴァヴァンの交差点(パブロ・ピカソ広場)

    1910年代、世界中から集まってきた多くの芸術家や作家が、そして右岸のモンマルトルからも多くの画家が、観光地化して家賃の高くなったモンマルトルより家賃が安いモンパルナスへ移ってきました。
    モンマルトルのアトリエ「洗濯船」にいたピカソたちも右岸を離れて左岸へやってきました。
    1913年に渡仏した日本人の画家藤田嗣治もパリで最初に滞在したのがモンパルナスでした。

    そして1920年代、第一次世界大戦後の開放感と好景気に包まれた「パリ狂乱の時代」 エコール・ド・パリ の画家や芸術家たちが集まり、芸術談義を交わし絵を描いた有名なカフェ、 ル・ドーム、ラ・ロトンド 、ル・セレクト、ラ・クーポール が今も残っています。

     

     

     

    ル・ドーム

     

     

     

     

     

     

     

    ラ・ロトンド

     

     

     

    ル・セレクト

     

     

     

    ラ・クーポール

     

     

     

     

    と、ちょうど先ほど、このうち ル・ドーム、ラ・ロトンドの2店舗が売却申請中 との記事を目にしたのですが・・・
    跡地はマクドナルドとの噂?

    この記事の信ぴょう性は定かではありませんが、思い出たっぷりのあの辺りの景色が変わってしまうのは悲しい限りです。

     

     

    つづく
    A suivre…

     

     

     

     

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